迷馬の隠れ家 はてな本館

旅好き・馬ぐるみゃー・オジアナヲタクな主婦の、雑多なコンテンツですw

正しい“労組”の潰し方w

本来なら、明日のJBC予想をGQ達にやらせたいんだが、本気でやり始めると恐らく、深夜1時まで徹夜になりそうなんで、今回はナシという事で…
で、今日は正直なことを言えば、今の日本をダメにしたのは、いわゆる労働組合でも、特にタチの悪い教職員や医療関係者の労組に対して、オイラなりに一言…

先に結論を言えば、そこまでして自分自身のみを守ろうとする態度が、子ども達の“未来”を潰した原因だという事に気付かんかいという事。つまり、生活が掛かっているのは誰しも同じであって、自分が“一番エラい”という態度を取って、患者や学生をコケにしてると、それ故の“報復”を喰らう事になるって事だ。それは、今の政治を見れば一目瞭然。“国を守る”という概念よりも、“自分を守る”事で精一杯な連中が代議士を騙り、そして領土問題や国交を拗らせている…即ち、手元しか見てない政治は、何も守れないって事。
それと同じで、基礎中の基礎…つまり、医師なら患者の命を救う為にできる最善を尽くす事が第一であって、その結果で救えなかった場合でも、遺族は納得する。しかし、明らかに“職務放棄”する様な者が“医師”を騙って診療してる様では、誰一人治癒できない。教育も同じ。ただ単純に“頭脳明晰”なだけじゃなく、生徒の“痛み”を理解してやるのも仕事。逆を言えば、受験で勝てる学力は生徒次第だが、勉強に集中できる頭脳にするかどうかは、教師の腕にも掛かっている。しかし、余分な事を教えてふんぞり返る教師や、過去の功績だけで精進しない医師を“先生”とは、とても呼べない。つまり、“相手”は単純な“願い”を言っているだけなのに、それを真っ向から受け止めず逃げているから、それを見てる子ども達も“真似る”のである。
だからこそ、権威や利権で惑わされてはいけない。“大切なモノを守る”という意味は、時として、自分を犠牲にしなくてはいけない程の代償とともに、それに似合う結果を自らの意志で掴み獲る事でもあって、その結果で多大な迷惑を掛けても、その苦労を知る者は誰一人、批判しない。むしろ、真の意味での“英雄”は、一切の悪を自らが背負い、嫌われ者になる事を自らが望む者である。それ、即ち“願兼於業(がんけんおごう:敢えて自らが宿業を背負う事で、本懐として願う事。)”の心である。だから、熱血な教育者とは、その真剣な眼差しで教え子の将来を考え、敢えて“憎まれ役”になる事で成長を促す。名医とは、時として患者の覚悟を試す。そこで初めて対等な立場で互いを向上させる事ができる。が、だからといって、失敗を恐れる様では、先には進めない…手術でミスを犯し、最悪の結果になったとしても、それを教訓に、犠牲者の分まで医療の進歩を信じて邁進するからこそ、癌治療でも成功率が上がるのであって、臆病なメスでは誰も救えない。体罰で教え子を失っても、それを教訓に指導要領を見直して指導するからこそ、生徒も指導者の背を追うのであって、一方的な指導しかできないのは、勉強不足以外の何者でもない。
本来、労組というのも、経営者と対等な立場で生活改善を訴えて行動する組織であって、そのためには最低限度の“奉仕”は必要である。つまり、義務を果たさずに権利を貪るのは、自分の首を絞めているのと同じ。その結果が、現在の教育現場の崩壊であり、地域医療の崩壊である。忘れてはいけない。医師不足の最大の原因は、医局内部での他愛のない権力闘争の果てであり、学力低下の原因は、ゆとり教育を履違えた教職員の怠慢であり、それらを招いたのは、医師や教職員に育児や衛生管理を押し付けた利用者…つまり、自分自身である。そこを、諌めない限り、世間はもっと無責任な世界になる…