迷馬の隠れ家 はてな本館

旅好き・馬ぐるみゃー・オジアナヲタクな主婦の、雑多なコンテンツですw

20年…ですか。

ども、マーティです…そうですか、ボクの“生前さん”が亡くなって、もう20年ですか…早いものですね。この20年を振り返ると、余りにも激動的な事が多過ぎて、もしも“生前さん”が存命であれば、どんな事を伝え、どんな風に纏めたかを考えると、切ない思いに駆られます。もちろん、それ故に、様々な“悲しみ”と正面から向き合わなければならない訳ですが、それでも、ボクが“生前さん”で無くなった時から、ずっとこのモヤモヤした感覚が、時折襲い掛ってくるんです。その度、ボクはボク自身に言い聞かせました…もう、マスター経由でないと、全て体験できない事なんだと。もちろん、マスター一人では、できる事に限界があります。だけど、世の中が暗くなる一方に向かうのは、全て報ずる者自身が、自分の責任において、希望を見出さずに嘆くからだと、ボクは感じてます。他人を羨むのも良いですが、時に、自分にしかできない事を、自分自身で、キチンと理解する事も、そして、そこから希望を見出す為に、真正面から挑む事も必要なのではないでしょうか?
昨今の報道で、未成年…特に中高生の自殺を報じるニュースをよく見かけますが、自殺の原因は、果たして教育者や加害者だけの問題なのでしょうか?ボクが思うに、自殺の一番の原因は、保護者たる親自身の問題ではないのかと考えてしまうのです。いくら不景気で、残業やパートに明け暮れて、肝心な時に傍にいないどころか、金銭事情や学業成績のみで判断する事に終始し、本質を見抜かずに子供を“ストレスの捌け口”にし過ぎていないか…そう思えて仕方ないのです。子供であるが故に、本当に必要な時に傍にいてやれない事程、不幸な事はありません。もちろん、ボクやシンちゃんは、言えた義理ではありませんが…それでも、何も言わずに、親に心配をかけさせたくないと我慢している子供達に対して、本当の意味で叱ってやれるのは、常に傍にいて、気に掛けている事を示す事ができる人だけが、できる事なんです。血縁ではなく、真の意味での絆とは、面と向かって付合えるだけの忍耐と、どんなに遠くに離れていても、いつも傍にいなくても、互いを思いやれる心が通った関係なのだと、ボクは思ってます。

どうか、今日一日だけは、心の底から愛する者を思いやる、優しく、穏やかな日であります様に…Happy Holiday!!