迷馬の隠れ家 はてな本館

旅好き・馬ぐるみゃー・オジアナヲタクな主婦の、雑多なコンテンツですw

原発って、止めただけじゃ意味ないんだけど…

福島の事故がきっかけで、今回の震災で“川内原発を今すぐ止めろ”と、反原発派の人々が政府機関や九電の“仕事”を阻害してる。意見はごもっともでも、ますはそれは“別問題”であり、また、地震で事故ったんだったら、とっくに中越地震柏崎刈羽原発がブッ壊れてないとおかしい…そう、福島の事故はTwitterで何度も呟いたが、地震ではなく津波による全電源遮断と、その復旧作業を当時のドアホが“視察するからw”の一言で阻害した事による“人災”である。何度も言う、福島の事故よりも先に柏崎刈羽地震で被災したにも関わらず、被害が最小限であったからこそ、地震の揺れや衝撃では、日本の原発は壊れない。怖いのは想定以上の津波や、“専門家”と称して現場の作業を阻害する輩である。
それに、原発は止めた“だけ”じゃ事故を防ぐことはできない。なぜなら、停止中でも核燃料棒が冷却プールや原子炉そのものに入ってる限りは、同じ事故は必ず起きる…つまり、稼働中の方が“安全”なのは、自前で作った電気で冷却装置を動かすことさえできれば、燃料の放射性物質を安定化させる事ができ、かつ、突沸による水蒸気爆発も防げるのであって、停止したままだと、それすらできなくなる。言い方を換えれば、電源さえ落ちなかったら大丈夫なのであって、核燃料棒がそこに留まってる以上は、たとえ停止中だろうが稼動中だろうが関係なく、福島の悲劇は別のトコでも発生する。むしろ、本当に心配するなら、韓国の古里(コリ)原発が、日本海放射性物質を垂れ流してる事を知ってた方がいい…北朝鮮の核実験よりもタチが悪いだけでなく、国際機関からも“福島より深刻”とまで言われる始末だ。
閑話休題…要するに、お花畑な連中は、何が何でも“5年前と同じになれw”と唱えて必死なのである。けど、21年前の政権でも、5年前も、国民の命よりも政権与党の功績ばかり求め過ぎて、結果として被災地を中心に政府与党を批判した挙句、参院選も総選挙も大敗したのである。民衆が本気で望んでるのは、“政府に丸投げしても安心できる社会”である。選挙の投票率が悪いのも、有権者のほとんどが“支持政党なし”なのも、すべては政府与党と対等に仕事できる野党がいないことと、その肝心の野党が、政府批判に固執して民衆の意見を聞こうとしないだけでなく、有事はすべて“政府与党のせい”にして、現場で懸命な救助・復旧作業に当たってる“無名の勇者”の手柄を横取りして“英雄”になりたがってるだけである。悪いが、真の“英雄”ってのは、自らが汚れる事を恐れず、そして、どんな批判を受けても逃げたりしない。その逆は単なる臆病者であり、正義ではなく“悪”である。被災地を心配するふりして、自分以上に不幸な人を見て嘲笑いたいからこそ、平気で政府や自衛隊を叩き、“自分こそ正義だ”と叫ぶ。そんな“偽りの正義”のために、どんだけ被災者を傷つければ済む?どんだけ現場で戦ってる人々をバカにすれば済む?あの時、民衆が政府に対して怒りをぶつけたのは、自らの意思で“選んだ人”が、民衆を見下しバカにしたくて政治家になったのかと思うと、騙されたという気持ちが先走ったからである。誠意を見せるということは、時としてバカにされるモンである。が、たとえ下心ミエミエな行為でも、有事の際は“救われた”と感じるモンである。今本当に必要な事を履き違えてはいけない…それを繰り返すのであれば、必ず自身が望まぬ結果に呆然とする事になる。なぜなら、その結果そのものは、自分が唱えた“呪術”のモノだからだ。