迷馬の隠れ家 はてな本館

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IRは鈴鹿を“雛形”にした方が成功する…かもw

IR(総合型リゾート)に関する話をする上で、ついつい日本人はカジノを含めたギャンブル関連に注視しがちだが、少し冷静に考えると、諸外国のIRのあり方は様々であり、その中でも一番注目すべきは、モータースポーツ関連のIRだと、オイラは考えている。それを一番実感できるのが、年に一度、三重県が一番“潤う一週間”とも言える、鈴鹿サーキットで開催されるF1日本GPだ。バイクフリークやモータースポーツヲタクにとって、鈴鹿を“聖地”と見做す人が多い一番の理由は、ここでF1やMotoGPの国際レースが行われていることが挙げられる訳だが、そもそもここは、本田技研のテストコースであり、ここでの走行テストを基準に、エンジン性能やボディ構造の強度などが市販車にもフィードバックしてる訳である。だから、HONDAのクルマやバイクが、世界中で“変態”呼ばわりされる訳であるw(特にタイプRシリーズは、市販車なのに“レース仕様”という、ある意味オーバースペック…w)

ここからが本題…ではなぜ、鈴鹿が世界中のモータースポーツ関係者から、レースが行われる度に、熱視線を浴びるのか?様々な観点をオイラなりに纏めると、そこには、日本ならではのIR開発方法が見えてくると思う。特に注目すべきは、施設云々よりも、そこへの交通アクセスや様々なインフラ整備にこそ、日本流“おもてなし”の真髄があると確信している。だが、どうしても日本人がこういった議論をする時、そういったこと自体が“当たり前”過ぎるから、どうしても施設の内容や設備の配置ばっかに気を取られ、ギャンブルの有無に走りがちになる。言っちゃ悪いが、ギャンブル全般は、どこまでいっても、余暇(というより余った時間)をいかに“消化”するか程度のモノであって、同じ競馬場内にいても、馬券しか興味ない人にとって、様々な園内アトラクションは“邪魔”でしかない。だから、そういう人程競馬場に足を運ばず、場外や電話(インターネット)投票の方にシフトする訳であり、逆に馬券以外の楽しみを見出せる人程、“旅打ち”と称して全国の競馬場へ足を運ぶ…つまり、ギャンブル依存症の多くは、精神的に病んでいるからこそ、他の興味が湧かずに迷走した“成れの果て”であって、他人の趣味や興味をバカにしてる人と同じで、どうにもならないクズニート…もとい、ヲタ活動に没頭する神経すら“許せない”から、却って精神的に抉られた存在である。

閑話休題鈴鹿サーキットが、世界に誇れる“モータースポーツ系IR”となり得る背景にあるのは、モータースポーツを純粋に楽しむ人達が、より安全で、快適に過ごせるための仕組みがそこにあり、また、諸外国では珍しい“公共交通機関の充実”振りが、全てを物語っていると考えていいと思う。より“安全”であるということは、万一の事故発生時でも、早急に救急搬送できる医療体制ができていないと話にならない訳であり、レース中の事故を最小限での被害で終わらせる事は、主催者努力もさることながら、参加するチーム自体も、レースの安全開催を遂行するためのルールを遵守することで、初めて成し得ることができる訳である。だから、最悪の事態に備えた体制を整える必要があり、路盤整備やスタックエリア(万一の事故に備えた退避場所)の設置など、細やかな調整が入る訳であり、また、近年ではドクターヘリの導入が都道府県単位で行われるようになったのも含め、事故による重傷者をいち早く搬送する手立てがあるのは、レースで思い切った戦術をやった末でクラッシュしても、最悪の事態を避けられることを意味する。つまり、“本気だからこそ命を賭ける”場である以上、それに似合うだけのバックアップが確保できてないと、“無駄な死”を招きかねない。ここんトコについては、本当に重要な部分で、医療機関が近隣にないとか、搬送に時間が掛かる(受け入れ先がなくタライ回しになる)事は、一命を争う現場では“致命傷”となる。

もちろん、そういった部分のみならず、鈴鹿サーキットそのものをさらに細かく分析すると、遊園地や宿泊施設といった、付随する施設がきちんと整備されていることも、海外からの遠征チームにとっては有難い話であり、息抜きする場としての施設がある事は、ひいては選手や整備士のモチベーションを維持できることを意味する訳であり、そういうモノを“無駄”といって設けないのは、地元との交流の場を断つ行為と同じで、この事が“原因”で不評を買ってるコースがあるとかないとかw(あえてドコとは言いませんが、そりゃ、撤退するわw)鈴鹿の一番面白い特徴と言えるのが、まさに“みんなを楽しませる”ための創意工夫であり、その一環として、遊園地やホテル、オートキャンプ場といった施設の“一括管理”という部分である。

そしてもう一つ注目すべきは、諸外国では“考えられない”公共交通機関”を利用してファンが来場できる点である。諸外国のサーキット・レース現場は、基本、公共交通機関でのアクセスに関しては貧弱であり、ファンも大概はクルマかバイクでの移動が原則であり、そのための駐車場が拡充してるトコが殆どである。(つーか、大概はオートキャンプ場紛いなトコが多いw)だが、日本はそういう広大な土地を保有して駐車場を作るよりも、公共交通機関を利用して来場を呼びかける。鈴鹿の場合、二つの鉄道路線(近鉄伊勢鉄道)とシャトルバスのコンボによる移動が推奨されがちであり、時期に合わせて専用切符(パックツアー商品)が発売されることがある。また、臨時列車(主に特急)を走らせて、対応するケースがある。逆を言えば、日本は道路のキャパがどうしても手詰まりになりやすい加減から、公共交通機関を使って来場者を捌いてる訳であり、それができるからこそ、他の類を見ない環境になり得る訳である。また、来日した多くの選手が新幹線を利用したり、近鉄を利用してるトコを見てると、日本は鉄道網が、他に比べて“充実”してるからこそ楽しんでる人も多いと考えていい訳であり、仮に諸外国と同じ条件の交通網でしかない場合、移動手段が近距離でも空路(自家用小型機か現地でヘリのチャーター)だけになると、日本の空自体“過密状態”なのに、優遇なんてできる訳がないw(欧米諸国では結構一般的だったりするが、それも広大で、飛行経路がある意味自由なトコだからこその話…)

以上のことを踏まえると、施設を整備していけば、自ずと周囲の環境整備もできる訳であり、そのための下地を、国や自治体が率先して行えば、必然的に“足りないモノ”が見えてくる。上下水道の整備もさることながら、道路の拡幅や景観保全のための共同溝設置、必要最低限の公共交通の整備など、企業だけでは無理難題な事業も、周辺自治体や国が積極的に関与することで、相乗効果で集客力を上げる事はできる。だが、そこで国や自治体が欲張ったり、企業が功績を強調するのは本末転倒な話である。そう、どんなモノも“利用者ありき”な開発なのであって、どんなに設備投資にお金を掛けても、利用者自身が“使い難い”モノであったら、それこそ無駄になる。だから、様々な意見を汲み入れると同時に、二律背反なモノに関しては、その“中間点”を探り当てながらやっていくことが大事である。どんなに“理想的”な環境に思えても、整備が煩雑になるモノや、利用者の意見を無視したモノであっては、利益を得ることが不可能である。そこんトコをキチンと解った上で批判するのは大いに結構だが、単に“票に繋がるから”という一点のみで騒いでる輩が多い事…実例がある以上は、そこからどう再整備するかを考えないと、“誰も使えない代物”に化けるだけだw