迷馬の隠れ家 はてな本館

旅好き・馬ぐるみゃー・オジアナヲタクな主婦の、雑多なコンテンツですw

さよなら、ミッキー…

昨日、JRAの平成18年度の騎手・調教師免許(新規)合格者の発表があった。騎手の部門では名古屋競馬吉田稔騎手が落ちた(受験しなかった)らしく、兵庫県競馬の岩田康成騎手が晴れてJRA騎手に“昇格”しました。しかしその一方で、調教師の部門には、去年ヘブンリーロマンスで天皇賞・秋を制した、松永幹夫騎手の名前がありました。これにより、今月いっぱいで“ミッキー”がステッキを置く事になります。

JRAの規定で、騎手免許と調教師免許は同時取得できないとされています。この関係で、調教師免許を取得した騎手は、自動的に“引退”となります。(もちろん、調教師が騎手に戻る場合も、調教師“引退”となります。ただ、そういう事例は、あまり聞きませんが…。)このため、騎手としてはターフに現れる事は、滅多な事(イベントでのパフォーマンス等)がない限り、ありません。とても寂しい限りです。
彼も若かりし頃は、ユタカと並んで、“若手騎手10人衆”(他には岸滋彦調教助手や横山典弘騎手なんかもいましたなぁ。そういや確か、昨日命日やった岡潤一郎騎手も…。)と言われてもてはやされ、実力もユタカと引けを取らなかった様な気がします。ただ、落馬事故で腎臓破裂という大怪我をしたり、牡馬クラシックに縁が無かったりで、ユタカとは何かと対照的な印象もありました。ただ、牝馬路線ではスゴ腕で、イソノルーブルオークスキョウエイマーチとチアスグレイスの桜花賞ファレノプシスエリザベス女王杯、ファビラスラフィンの秋華賞と、いずれも牝馬G1での勝ち鞍が目立つ騎手でした。
では、なぜ彼が調教師免許を取ろうと思ったのか?それは彼が所属している厩舎の山本正司調教師が(確か来年で)定年となるためで、厩舎の“後継調教師”として免許を取得したという訳です。
今年で39歳、とはいえ騎手として現役で活躍するには、怪我のハンデ(後遺症)を考えると、そう無理も利かないのも事実。騎手引退の潮時だったと考えるのが、賢明なのかも知れません。ともあれ、今後調教師としてどこまでやれるのか、見守ってやるのが“ミッキーファンの務め”と考え、新たな門出を祝ってやりましょう。