迷馬の隠れ家 はてな本館

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教育とは“教え育む”と読むべし?!

一部のアホな政治家や裕福なタレントどもが、教育問題について論議してた様だが、オイラから言わせれば、“お前らアホか?”と罵りたいぐらいである。また、重度の障害を持った児童を健常者と同じ学校に通わせるべきと唱える親がいる。コレに関しても、“子供にとってはイイ迷惑だ!!”とオイラなりに感じている。昨今のいじめ問題にしろ、バリアフリージェンダーフリー(性別の格差を取っ払った社会観念)の考えにしろ、それらはあくまで健常者や大人の都合であって、当事者である子供の意見ではない。よく考えてほしいんだが、核家族化が進んだ現在において、こういった弊害が起きるのは当然であり、“嫁姑問題”というヤツも、結局は大人が“子供じみた”覇権争いの延長戦の様なモンである。要するに、子供以上に大人が我侭になり過ぎて、義務教育そのものが既に形骸化し、本来の“勉学の自由”が奪われた子供達が“暴徒”化してしまったまでに過ぎない。

“主師親の三徳”とは、以前にも説明したが、人間の尊厳を学ぶ上での心得であり、それを涌現させられるのは人間のみである。しかし、現代社会上で、コレを示した哲学者はいても、教育者や為政者にはいない。なぜなら、謳い文句は立派でも肝心の“中身”は、なぜか他力本願だからである。小泉純一郎前首相が自民党の新人議員対象のミーティングで、かなりキツい事を言ってた様だが、コレは彼自身にも“身に覚え”がある事(党内で“仲間はずれ”になったり、票田の有権者にソッポ向かれたり…)を言ったまでであり、元来の為政者があるべき態度…地元の有権者に対して結果を残す為に尽力で挑む事…を示唆しているだけに過ぎない。もっと言えば、安倍晋三首相やその取り巻きは、この意見には賛同しても、同じ態度でエラそうに言ってはいけない。経験者のみが言える意見を、そういう経験がない上に、地元の後援会や派閥の長老格等に“守られたる者”が同じことを言うと、却って信用を失い反逆者を生む元凶となる。また、一部の議員によくある態度だが、“現場の実情”を自分の目で確かめないで、物事を机上の空論で片付けても、何の解決にもならない。しかも“視察”は公費で行なうのではなく実費で決済し、それに“お忍び”でやる分にはアレだが、先方へ予告を入れて行なう様では意味がない。何度も言うが、その為の政治資金でなくてはならないのであって、私腹を肥やすだけの議員では国が滅びる。
そういった部分をイヤっていう程、国民は見ているのであり、その結果が選挙の投票率低下や、大手企業の脱税、更には社会保険国民年金の“不払い”なんていう時代を招く結果となり、格差社会の弊害による賃金や労働条件の悪化が“深刻化”しているのである。わかりやすく例えると、なんでジャイアンツ戦の視聴率が下がったのかと言えば、生え抜き選手を育てずに他球団の一流ドコを金銭で買い漁り、チームの不協和音の責任を現場の監督に擦り付けている首脳陣の傲慢な態度にファンが嫌気を差したからだ。逆に言えば、今年の北海道日本ハムファイターズのフィーバーは、純粋に野球を楽しみたいと願った地元ファンや、球団自身の危機感がそうさせた部分があり、今後定番化すればもっと注目度を浴びる球団に化ける可能性がある。(但し、その為には小笠原道大選手が残留して、チームの柱として機能しないと難しいかもしれないが…。)
当然だが、子供達は常に大人達を見ている立場であり、その大人がナメた態度で子供を扱えば、それは老後の際にトンデモない弊害を招く事になる。現にこれから支給されるであろう老後年金は、満額では絶対にもらえるハズがなく、介護が必要な状況でも、その担い手がいないが為に、夢にまで見た“楽隠居”なんてできやしない。教育でも同じで、教員が教えるべきは勉強の“やり方”であって、成績や学力による生徒の振り分けがメインじゃない。況や、いじめ問題だって、本来なら人権や格差を学ぶ為の“道徳”が必要なのに、受験に関係無いからと省くモンだから、他人の“痛み”を知る機会が無くなって、命の尊さすら希薄になる。
前にも書いたが、為政者が庶民をバカにすれば、それが原因でクーデターやテロが起きる。師匠が弟子を愚弄すれば、次第に尊敬されなくなる。親が子を蔑ろにすれば、縁を捨てられるのがオチである。双方が存在を敬い、恩恵を受けている以上、助け合うのが普通であり、忘恩の咎は自分だけじゃなく、自分に関わりしすべてが不幸になるのである。それを改善し、慈しみを学ぶ為に宗教がある訳であり、その“集客力”を利用して裕福になろうとするモノは、結局“天罰”を喰らうハメになる。(こういう部分は、たとえ他宗派であろうと、八百万の神ってヤツは、真面目に審判を下してくれるw)