迷馬の隠れ家 はてな本館

旅好き・馬ぐるみゃー・オジアナヲタクな主婦の、雑多なコンテンツですw

遊園地は誰のモノ?!

このGWに起きたジェットコースター脱線事故の報道、なんか報道そのものがあらぬ方向に行ってはいないかとちょっと心配です。もちろん、一番の原因はエキスポランドの遊具に関する管理体制に不備であり、経営が思わしくないがばかりに“利益優先”になり、遊園地において一番肝心な“安全”を蔑ろに開いた罪は重いです。が、では、他の遊園地は“本当”に安全が保障された場所なのでしょうか?オイラ的視点で言えば、答えは“NO”です。なぜなら、遊園地(テーマパーク含む)は子供の“夢”を育む場所であって、大人は子供達の夢をブッ壊されない様に守るために付き合う程度のモンでないとダメだと思うんです。

オイラが一番好きだった遊園地は、(申し訳ないのだが…)さやま遊園でした。しかし、所有者である南海電鉄の経営不信と少子化の影響、更にはTDRUSJといった大型テーマパークの出現により、閉園となってしまいました。(みさき公園だけはちゃっかり残してるクセにw)なんで好きだったか?閉園前に一度だけ一人で行った時に感じたのだが、そこには古いアトラクション(定番の観覧車や小型のローラーコースター等)しかないのに、なにげにワクワクした…そう、そこには住宅街の中にある“非日常”だったからです。
同じ理由で言えば、甲子園阪神パークや宝塚ファミリーランド、近鉄あやめ池遊園地等も、こういう住宅地隣接の“非日常体験”できる貴重な場所だったのに、それを活かそうとせずに閉園した事が、オイラ的にはバカバカしくて仕方がないのです。逆に言えば、“遊園地専用”という空間では、子供の想像力は結局TVやインターネットでの体験と“同等”で止まってしまうと、オイラは思うんです。
ウォルト=ディズニーのコンセプトは“大人も楽しめる遊園地”というモンで、それを具現化したのが世界各国にあるディズニーランドだと言われてますが、オイラからしたら、アレは結局大人が子供に夢を“強制的に与えた”代物でしかないと思ってます。確かに、キャラクター達と一緒に遊べるのは喜ばしいのかもしれませんが、それだと子供達の遊園地の概念が固定化され、同じ“非日常”でも現実と混在してイメージを膨らませるという過程を経ないため、結局大人“だけ”が楽しむ場所に変貌してしまうのです。
ちっぽけな遊園地といえど、遊び方や工夫ひとつで大人も子供も夢中になれる空間…そういう場所でないのなら、その場所は“遊園地”とは言えない。それがオイラの遊園地に対する“イメージ”です。どんなに新作アトラクションが豊富にあっても、どんなに敷地が広くて何度も通わないと制覇できない程といえど、子供が“楽しくない”と言ってしまえば無意味です。
また、遊園地では絶対にあってはいけないのが、園内利用中においての“死傷事故”です。それを未然に防ぐために、敢て“赤字覚悟”の安全対策と点検、そして“営業期間”の設定です。ここ近年の遊園地(テーマパーク)に多い傾向に、“年中無休”とか“休園日=団体貸切”という形態です。こういうのは一番やってはいけないと、オイラは思ってます。なぜなら、休園期間こそ、アトラクションの整備や部品交換、園内の各施設(特に売店)の消毒とリフォームの期間であり、こういう時期を設けずに運営するのは狂気の沙汰です。それを、エキスポランドが“やっちまいやがった”訳です。(なんせ休園日に団体客相手に、無理矢理“営業”やる様なトコだったからねぇw)
つまり、他の遊園地でも“対岸の火事”で済ませられる様な話ではない訳で、たまたま発覚してないだけで、ドコの遊園地でも“エキスポランドの悲劇”を引き起こす可能性はあるのです。子供達の“夢”を育む場所が、血生臭い惨劇の舞台にならない様にするために…その“犠牲”を払うのは、大人の“宿命”ではないのでしょうか?