迷馬の隠れ家 はてな本館

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学歴はいくらでも“詐称”できる?!

このBlogも、この更新ではや800回。いやはや、“継続は力なり”といえど、長く続いてるモンです。
今回は学歴社会だからこそいえる、学歴という名の“落とし穴”についての話。就職関連の情報筋によると、なんでも最近の企業求人状況を見てると、ヘタレな4年制大学卒業よりも技術がある工業高校卒業生が就職には有利という事らしい。なんでも、工業高校や商業科がある高校では、社会に出てすぐに使える技術(簿記やCAD等)を身につけてるため、大学生よりも“即戦力”として使えるという事、当然といえばそうだ。

なぜなら、団塊世代の“専門技術系”の殆どが定年退職する時期にあたり、その分の補充を行なおうとすれば、必然的に大卒といえど“腕がない”ヤツは不要であり、むしろ中卒でも“職人の腕”があるなら、そっちの方が使い勝手が良い、ここに“学歴社会の弊害”がある。
今まで(特にバブル期)は、高学歴程給与が高く、また学歴が良ければ良い程就職に有利とあって、殆どの高校生が大学受験を経験している。(オイラも推薦とはいえ、短大受験を経験しているw)コレが結局、現行の国民の生産性の低下や、学歴でもいわゆる“ブランド力”を問うて、中身を見ない企業が増えた弊害である。つまり、現在の子供達が“将来に希望を持てない”と嘆く原因である。
しかし、ちょっと考えてほしい。ホントに“高学歴=将来有望”なのだろうか?答えは“ノー”である。要は学歴よりも、その後の“実績”である。競馬でもそうだが、どんなに血統が良くても戦績が悪ければ“駄馬扱い”になるし、二束三文な血統でも、調教次第では“名馬”に変貌する事がある。これと同じで、今までの学歴よりも、その後の“業績”である。それに気付いた企業が、中途採用でベテラン勢やシルバー人材を欲する様になり、新卒者の就職率が下がった訳である。
現在のフリーターやニートの大半は、こういう情況下での就職活動の果てに“切り捨てられた”犠牲者である。しかし、今からでもその情況を打開する方法はある。それは、仕事が無い時こそ勉学に勤しむ事である。つまり、特殊な資格を取得したり、誰も思いつかない様な分野のオーソリティになるために、より専門的な知識を身につけ、それを“武器”にして世間に訴えるのである。歴史上の有名人でも、中には学校に行けずに“文字が読めない”という情況だったヤツもいる。つまり、本当の意味で必要なのは、学歴ではなく生き様である。こう考えると、大学に行く事がバカバカしいと考えたヤツは、今からでも遅くはない、生き抜く“技量”を身につける努力をしよう。それが人生における“大どんでん返し”の法則である。