迷馬の隠れ家 はてな本館

旅好き・馬ぐるみゃー・オジアナヲタクな主婦の、雑多なコンテンツですw

建築屋泣かせの規制区域w

オイラが嫁いだ農家は、奈良県でも建築業者が泣く程、厳しい規制が掛けられた区域にある。というのも、周辺の社殿仏閣とのコントラストを考えると、マンションはおろか、コンビニすら作れない様な場所である。(やーねー、政府がしゃかりきに太陽光パネル設置を義務付けようとすると、法律や条例を変更しなくちゃいけなくなるのよ、マジでw)

オイラの知り合いにその話をすると、マジで“法律、鬱陶しい!!”とボヤく程である。というのも、場所によって管轄等が違うのだが、大まかに言えば、規制の基準となる法律(条例)が時と場合によっては“矛盾”する区域も出てくるって事。つまり、同じ行政区画で開発をしたくても、有名観光地や軍事機密の加減等、様々な事情があって、それに伴う条例・規定が施行されてても、法律そのものでは問題ないとしても、住民の意向や利用者の感覚的な部分でダメになる場合があるって事。
簡単な例として、京都駅が現在の姿へと改築される時に、ただでさえ京都タワーが街の風情をブチ壊してるというのに…という市民運動家達が、JR西日本京都市に抗議した話がある。というのも、観光地である古都に、高層ビルはふさわしくないというのが理由になっている。そう、東寺や清水寺の景観に、近代的な…というより近未来的な建物は、借景にした時に無様に見える…というのだ。ところが、旧来から京都に住んでるモンにとっちゃ、だからと言って狭い道路幅や古い木造家屋をそのままにしてて良いのかって話になる訳で、そこんトコで意見が分かれた。しかし、京都タワーという“前例”がある事を踏まえて、現在のカタチになったんだとか。
確かに、古くからある街並を残して欲しいと思う人も多いかと思うが、それが時として、住民の意見とは違うという事に気付いてもらいたい。第一、もし、古いまま残しておく事を奨励するのなら、現在の建築基準法に満たない建物すら、“中古物件”として不動産屋が仲介し、取引されて当然でなければならない。まして、消防法の加減で、火災報知器の設置が義務化されている現在、後付けでそれを設置できる建物ならともかく、国の指定文化財級の建物そのものに、それを設置する事は、設置を推進している総務省文化財管理をやっている文部科学省が大喧嘩になる可能性が高い。今回のケースも、太陽光パネルの普及に躍起の経済産業省と、文化財保護の観点では文科省、そして、直接統治している奈良県が喧嘩になる可能性がある。同じ様なケースでは、今後、倉敷市の美観地区みたいな観光地であったり、福島県だと原発事故による規制がネックで、太陽光パネル燃料電池等の“自家発電装置”の設置が不可能な地域が出てくると思う。そういうところにも設置を“義務化”するなら、文化財保護や除染等のあり方を考えなければならない。
昨日の“ブラタモリ”ではないが、かつての街づくりは、非常事態を想定して、また、未来において子孫末代まで、簡単な補修だけで整備できる様に、様々な工夫が施されていた。しかし、戦後の混乱期、物資不足や急速な復興を無理矢理押し進めた結果、都市機能そのものが完全に行き詰まった状態である。例えば、御堂筋。現在の様な南側一方通行で、しかも8車線ある道路を設置しようと言い出した当時は、誰一人として、あの様な“大通り”を必要としないと断言した。しかし、急速なモータリゼーション化が、その必要性を実証した様に、“昔のまま”では、いずれは不便を強いられるばかりか、それが原因で過疎化する事になりかねない。しかし、将来設計なしの開発は、却って都市機能そのものが使い難いモノになる。未来を見越し、その上で本当に必要な開発とは何か…そこんトコをわかった上での“開発規制”は大いに結構。しかし、“現状維持”のみを考えて規制をつけるのなら、それは未来の可能性を否定してるのと同じであり、ぶっちゃけた話、有事の想定すら甘くなる。(去年の震災は、まさにそれ!!) 両立が難しくても、その“隙間”を狙った発展の仕方もある。防災に特化した奥尻島は、ゆえに観光客が減った。でも、そこんトコを逆手に取って、規制区域での“例外事項”を設ければ、それが突破口になる事も…ともかく、なぜ規制を掛けているのかという事情を知っておくと、行政の“お粗末”振りを露呈させる事もできるという訳だ。