迷馬の隠れ家 はてな本館

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国際トラブルと“五重の相対”

こないだ小泉首相靖国神社への“公式参拝”を行なって、アジア各国(特に中国と韓国)が一斉に批判した。で、昨日は“ロシア海域にで不法操業した”という理由で根室の漁船がロシアの警備艇に銃撃され、乗っていた漁師一人が亡くなった。また、アメリカでは“正当防衛”を理由にした拳銃所持を認める法律が各州で認められたという。
これらの“問題”は、根本的な部分での“人間不信”からくる行動であり、厳しく言えば、“自己主義”に陥って、相手を思いやる“人情”の欠落が世界中に蔓延していると考えるべきであろう。この事を、太古の昔から嘆き、それを防がんが為に活動したのが釈尊であり、その為の“妙案”として説いた哲学が“法華経”である。そして、鎌倉時代に日本の片隅でそれに伴った折伏を行なったのは日蓮であり、先の(太平洋)戦争で政府の誤りを正そうと尽力し、獄中で殉教したのが牧口常三郎だった訳である。この事を踏まえると、学会員がやってきた事は、単なる布教活動ではなく“人類救済”を掲げた哲学の普及と、それに伴う活動をやったまでにすぎない。そうハッキリと言えるポイントとして挙げられるのが、“五重の相対”なる宗教の優劣を付ける比較方法である。

“五重の相対”とは、内外(ないげ)相対、大小相対、権実相対、本迹相対、種脱(しゅだつ)相対からなる判別方法で、宗教であればコレを用いて相手を破斫する事が可能である。だが、なにぶん理解がしにくく、どうしても間違える方も多い。
まずは“内外相対”から。コレは仏教か他宗教かの違いであり、一応ココでは仏教の方が優れてると解釈するのが正しい。ただ、だからと言ってキリスト教イスラム教等の宗教そのものを否定してる訳ではない。仏法が広まる以前の中国には“儒教”という教えがあり、その中には“仁・義・礼・智・信”といった人間としての最低限の“哲学”がある。コレを用いて仏教を説くと理解しやすいんで、中国や日本の僧侶は、仏教と併用して教えに使った。
次に“大小相対”について。仏教にも“大乗経”と“小乗経”というのがある。多くの人々を救わんと広めるのが“大乗経”で、個々のレベルで救済する考えが“小乗経”と考えると良い。乗り物で言えば、大型カーフェリーや航空母艦が“大乗経”で、ミニバイクやF15戦闘機なんかは“小乗経”と思ってくれれば助かる。本来は大乗経が優れてるんだが、なかなか気付きにくい事もあって密教の様な“小乗経”を好む方が多い。だけどそれでは、多くの人々は救えない。
で、次が“権実相対”ってヤツ。大乗経といえど種類がたくさんあって、この中で法華経とそれ以外(爾前経)で分かれる訳である。爾前経というのは、阿含経や般若心経等の事で、あくまでそれらは法華経を説く為の“参考書”程度の教えとされている。料理で例えれば、爾前経は“アンティパスト”とか“先付・八寸”といったポジションで、法華経は“メインディッシュ”とか“揚げ物・焼き(煮)物”といった感じ。お酒でも“アペリティフ(食前酒)”と“プースカフェ(食後酒)”の違いといえばわかるかも。
で、“本迹相対”ってのは、法華経の中には“迹門”と“本門”があり、”虚空会の儀式(須弥山上空に現れた多宝塔での儀式)”以前を“迹門”とし、それ以降を“本門”として取り扱う。学会員なら自分が持ってる経本で確認していただけるとわかるが、経本には“方便品(ほうべんぽん)”と“如来寿量品(にょらいじゅりょうほん)”が記載されている。(正確には“如来寿量品”の通称“自我偈(じがげ)”といわれる部分)方便品は、舍利佛と釈尊の問答が記載されていて、如来寿量品・自我偈では釈尊が仏界を開き、自分と同じ境涯ならすべての衆生は救われると説いている。つまり、“本音”と“建前”がコレ。
で、最後の“種脱相対”だが、性格にいうと“実践”が伴うか否かの話である。ただ“知識”として教典を読んだり、絵空事として聞き流すなら、それは“脱嫡(だっちゃく:脱益ともいう)”であり、そこには正しい“信仰”というモノは存在しない。しかし、行動を起こすきっかけとして仏法を学び布教するなら、それは“下種(げしゅ:下種益ともいう)”になる。例えるなら、家庭菜園でトマトやキュウリ等を育て、収穫後の喜びを他人にも分かち合うのは“下種”であり、農家の苦労も知らずにスーパーで買ってきて、ただ食べずに腐らせるだけなら“脱嫡”と考えるといいだろう。ココに答えがある。
そう、自分が持ってる“権限”とは相手を“脅す”為にあるのではなく、自分達を“諌める”為にある事に気付かなければ、いずれ世界は多くの“犠牲”を払わなくてはならない状況になる。現に、そういう状況下にある人達がいる。そういう意味では、すべての人々は森羅万象に対してもっと謙虚にならないといけない。そして先住民達の知恵も借りながら、世界中の人々との“共栄共存”の道を探らない限り、アメリカも中国も(当然だがイスラエルや日本も)“滅亡”する事になるだろう。