迷馬の隠れ家 はてな本館

旅好き・馬ぐるみゃー・オジアナヲタクな主婦の、雑多なコンテンツですw

未来に何を残せるか…

『世界中を見て、一番“幸せ”な国はドコでしょう?』ーこういう意地悪な質問があったら、あなたはどう答えます?大概の人々は白人社会の欧米各国を羅列するのではと思うんだが、オイラは正直言って、「この時代にそんな国、ひとつも存在しない」と答えるでしょう。なぜなら、殆どの国々が“未来”よりも“現在”に固執して、多くの犠牲を“見ないフリ”して繁栄と発展ばかりを望んでしまってるからです。

本当の意味で“幸せ”とは、一体どんなモノなんでしょう。自分に推し当てて言うなら、例えば財産が豊富で、一等地の豪邸に住まい贅沢三昧な日々としましょう。最初をある種の快楽を感じるでしょうが、コレが毎日続いていたら、どっかで飽きてくるハズです。まして、自分の財産を他人に盗まれぬ様にガードもしなきゃいけないでしょうし、特に主だった趣味がなければ、生きている事さえダルく感じるのではないでしょうか。では、反対に低収入で家計も火の車、なのに子だくさんで祖父母も健在な家庭ならどうでしょう。確かに日々の生活は慌ただしく、しかも養うべき家族は大所帯です。しかし、家には必ず誰かがいますし、寂しい思いだけはしなくて済むハズです。
つまり、物事は常に“紙一重”の感覚なんです。“勉強嫌い”で幼少期を過ごせば、本当に勉学したい時に時間的余裕が無くて就学を断念せざる得なかったり、“自分は天下無敵!!”とふんぞり返って鍛錬を怠れば、すぐに頂点から転げ落ちる事になります。
先住民族は、自分達の地域以外の知識は皆無です。しかし、現在の住居区域の情況に関しては他所から来た民族より長けてます。それと同じで、先進国の忠告も聞かずに“後進国だから”という理由で公害を放置してる様な国家では、必ず近隣諸国に迷惑をかけるだけでなく、自国の民をも信用できなくて、殺戮が横行する事になるでしょう。また、“戦争を止めるための犠牲”と言って核兵器保有・使用を“正当化”する政治家は、いずれその事が原因で自分の大切なモノを、何らかのカタチで失った腹いせを自らの手でやってしまうでしょう。実体験のある人間にしかわからない、本当の“痛み”を知った時、他人のフリして逃げた自分を恥じる事になります。
“本当の幸せ”とは、実はなんでもない平凡な日常が淡々と続く、なんでもない時なのです。しかし、誰もが“当たり前”過ぎて、本当に“失った”後でないと気付かない、些細なモンなんです。だからこそ、“今日も一日、無事にやってこれた”という感謝と、“今日もどこかで、無意識のうちに誰かを傷付けた”という懺悔を行なう時間…宗教による礼節の大切さと信仰に伴う哲学の研鑽が必要なのです。しかし、残念ながら現行の宗教では、その事を説く僧侶や司祭、宮司がボンクラなモンだから、結局その哲学を拠り所にしてる下層階級の学生達を、一部の有力者(多くは武器商人)が“殺戮マシーン”として宗教を利用してしまうのです。