迷馬の隠れ家 はてな本館

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共産党の“逆襲”が始まる予感…

情報源がアレなんでハッキリとした事は言えませんが、ここんトコの地方選で、ちょっとした“異変”が起きてます。それは、推薦が自・公連立与党と民主党の“相乗り”候補と、推薦が共産オンリー候補の得票数の差が、かなりの僅差まで詰め寄ってるという事です。昨日の京都市長選でも、その差が1000票あるかどうかの差で当落が決まったそうで、前々回の東大阪市長選では、実際に共産推薦候補が市長になり、市民サービスの面で一時混乱をきたしました。
オイラ自身は、ハナっから共産党を叩くつもり(苦笑)ですが、ここでは公平さを期すために“風の流れ”を読む上で、冷静に分析していこうと思います。そう、今後いつ“解散”になるか予断ならない衆議院選を考えると、民主党vs自・公連立の図式のままでは、共産党の”漁父の利”となる選挙区も出てくる可能性があるからです。

では何で、共産党は“嫌われ”てしまうのか…正確に言うと、共産主義がなんで嫌われたかというと、すべては欧州圏での“共産政権崩壊”がキーワードになります。
共産主義とは、そもそもはキリスト教の思想にある“共栄共存”の教えに習い、主権者と領民が互いに助け合う事で国を豊かにしていこうという考えです。つまり、為政者は領民に対して自分の富を分け合う義務があり、領民は為政者を守るために様々なアシストを行なう事が責務となります。当然ですが、税負担がデカくなる分、最低限のインフラ(医療費や光熱費、食費など)はすべて主権者…つまり国が負担する様な社会構成になってるのです。しかし、問題なのはその“主権者”自身の我侭によって解釈が歪曲されやすいのも共産主義の欠点であり、最悪の場合は領民の意見を聞き入れず、意見した者を“処分”する様な恐怖政治を強いるケースが多々あります。その“極端例”が現在の北朝鮮ポルポト時代カンボジアのであり、かつてのソ連ルーマニアなどの東欧諸国に見られたケースです。
もちろん、民主主義だって“欠点”はあります。その最たるモノが“格差社会”の温床になってる事…つまり、裕福層の殆どがいわゆる“バブル成金”で、本来の“お金の使い方”を間違えてるが為に、貧困層がますます生活できない様な社会構成に陥るのです。だから余計に共産主義に憧れる日雇い労働で喰い繋いでる若年層が増え、それが結果として共産党支持層の“底上げ”に拍車がかかるのです。
もっとも、こういった現状になった背景には、既成政党のだらしなさや、どの正当に投票しても官僚だけが救済される社会構造になってるのが関係していて、特に一部の同和地区出身者による不祥事が、更なる“部落差別”を引き起こしている訳です。つまり、知らないうちに“差別の代償”という名の利権に踊らされてしまってる行政が、こういった流れを生んでる訳です。オイラ自身は、部落差別をするつもりなど毛頭ないですが、ごく一部の不逞の輩を、“仲間だから…”と言って叱る事すらできない様では、差別は絶対になくなりません。況や、大阪を侮蔑する書き込みを某掲示板で見かけますが、それだって大阪在住の者にとっては腹立たしいだけでなく、その“原因”を生み出してる輩を放置し過ぎた自分達自身の情けなさに辟易します。
だが、所詮は“他人の芝生は…”です。どんな思想でも、それを受け入れて実行する以上は、反発を喰らう事や不当な扱いを受ける事は覚悟しなくてはいけません。むしろ“ブーイング上等!!”という姿勢で誠実なまでの行動を取れば、必ず理解してくれます。それでも理解できない人は、最初からこっちを信用してないか、ただ単純に見下してるだけです。主張を受け入れてくれなくても、“言ったモン勝ち”です。言わずに流されるだけでは、取り返しのつかない状況に追い込まれます。そうならないためにも、過去の事例を鑑み、その轍を踏まない政策を模索してこそ“議会政治”の本分です。