迷馬の隠れ家 はてな本館

旅好き・馬ぐるみゃー・オジアナヲタクな主婦の、雑多なコンテンツですw

My favorite announcer vol.43

さて、今月もアナに対して好き勝手な評価を書く、“My favorite announcer”の時間ですよ〜w で、今月のテーマは…“プロレス実況一本勝負?!”と題しまして、この方にしました。熱狂的なGオヤジ、元・NTV日本テレビ網、徳光和夫アナの話です。平川アナや御法川アナと同じ立教大卒で、熱狂的なジャイアンツファン。そして、箱根大学駅伝をこよなく愛する泣き上戸な江戸っ子。ま、なんで徳さんがプロレス実況と関係あるのかって話も交えて、ちょっくらオイラ流に紹介していこうと思う。

ぶっちゃけ、オイラ的な印象としては、トメさんの“引き立て役”的なイメージしかないが、NTVを引っ張ってきた看板アナには間違いなく、現在でも“Theサンデー”や“オジサンズ11”といったNTVの番組には欠かせない存在。ただ、その事が一般的に認知される様になったきっかけってのが、バラエティー番組での話。
当時は全日本プロレス(現在のノアの前身…ってトコかな?)の中継をやってた事もあり、殆どのスポアナは、プロレス中継を経験するモンが多かった。で、デビュー当時から、箱根駅伝を実況したいがためにスポアナを選んだのに、回される仕事といえば、殆ど後楽園ホールでのプロレスばっかという状態だったそうな。そんなある日、ザ・デストロイヤーがバラエティー番組のゲストに登場するとあって、その暴れん坊ぶりを傍で実況してもらうアナとして登場したのが運のツキ。MCの思いつきで、脚四文字固めを本番中に喰らわされた訳である。この悶絶シーンがたちまち評判となり、コレが後にNTVの男性アナ達の“お約束”となる、バラエティー番組での体当たりネタになる訳である。この後、完全にバラエティー系に移行した為、泣く泣くスポアナの道を諦めたのはいうまでもなく、それ故に様々な体当たりネタの標的になったのは、いうまでもない。
そんな中で、一つの転機が訪れる。それは、現在では当たり前に放送されている、早朝ワイド番組のMCとしての起用である。当時は、“おはよう720”ぐらいしか全国ネットの早朝ワイド番組ってのがなくて、キー局として東京の放送局は、“打倒720”という名の下に、試行錯誤していた時代である。そんな時に“ズームイン!!朝!”のMCとして抜擢されたのである。コレが今から30年前の話…そう、“ズムスー”の歴史は、実は徳さんからスタートしてるのだ。特に当時斬新だったのが、スポーツコーナーに時間を割いた事であろう。流石、ジャイアンツ至上主義の放送局だけあって、プロ野球の情報…特にセ・リーグに関しては、球団がある放送局を結んで、バカ騒ぎするスタイルを確立させたのである。(そういや数年前に、広島テレビカープを熱く語ってた脇田アナ、亡くなりはったんだよなぁ…)で、ある時に“事件”が発生するのである。
感が良い方ならご存知だとは思うが、長嶋茂雄が引退したとき、その翌日の放送で、延々30分間も“ミスタージャイアンツ”に関して、番組の進行をすっぽかして熱く語っちゃったのである。本来ならば、コレは懲罰モンのミスであり、放送事故として処理されてもおかしくない状況である。でも、当時のスタッフは、徳さんの熱き涙の前に、誰も止める事はできなかったのである。コレがさらにジャイアンツファンを中心に評判を呼び、いつしかNTVの大黒柱的存在へと成長させたのである。そして、逸見アナがCXで人気者になったのをきっかけに始まる“オジアナブーム”に乗って、報道番組の柱的存在だった小林完吾アナとともに、NTVの人気を支えていったのである。
やがて、逸見アナがフリーになると、雪崩のように多くの男性アナがフリーになる現象が起きた。もちろん、この波に乗って徳さんもフリーになる訳で、ここから逸見アナと人気を二分して、バラエティーを中心に活躍する訳である。が、今から15年前の“あの時”を境に、徳さんのライバルは、同僚であったトメさんにシフトしてしまうのである。てのも、あの頃の番組の殆どが、逸見アナの復帰待ち状態で、復帰できない(又は復帰を待てない)状況の番組は、すべてこの二人に振り分けられたフシがあった。ただ、トメさんの場合は感情を押し殺すスキルがあるのに対して、感受性が高い徳さんの場合、ちょっとの事ですぐ涙腺が緩むのがアダとなるケースが多く、それ故に笑う事が主眼であるバラエティー番組中心となったのである。(ま、それがアダで、逸見アナから引き継いだ番組を、何本潰したやらw)
しかし、テレビカメラから離れた素顔は、かなりのギャンブラーで、平和島競艇をホームグラウンドに、平日の競艇三昧は当たり前。もちろん、週末は競馬に没頭する程の博打打ちw (息子曰く、“帰りの電車賃まで突っ込むバカ親父w”だそうな。)それ故に、番組収録時には大泣きしてても、いざ平和島競艇の実況や大井競馬場のファンファーレを聞くと、瞬時に“勝負師モード”になるというから、相当なヘビーユーザーである事は確か。
しかしそんな徳さんでも、厳粛な気持ちになる時がある。そう、それは逸見アナの話をする時である。その時ばかりは、さしもの“ギャンブル中毒”も引っ込むらしく、彼に関する思い出を語り出すとき、今の自分があるのは、自分より年下とはいえ彼の影響だと、今でも意識する。(ただ、その話をトメさんにすると、トメさんは不機嫌になるらしい…)だから、本当はトラキ…
つ【ヤツは、そんな簡単にジャイアンツを見捨てない!!】
ちょ〜、マーグ、乱入しないでよ!!