迷馬の隠れ家 はてな本館

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私怨で政治をやると…

タイトルの意について、先に結論から言えば、国が滅ぶきっかけになるって事。“立正安国論”にて、日蓮法然(てか、念仏)をバッシングした真の意味は、おそらく、法然自身の私怨で仏法の教えが歪められた事を暴くため…と思う。ま、詳しいことに関しては、教学の話になるんでここではやらんが、当てはまるケースはいくつかある。一番わかりやすいのは、ナチス・ドイツヒトラーがやった事…そもそもの“原因”は諸説あるが、一番大きなきっかけは、ユダヤ人の美術の先生に、自分の芸術を酷評された事だとされている。様々な要因が絡んでるとはいえ、根幹にある“恨み”や“僻み”が原因で、ひいては世界中がパニックに陥ったという、一番わかりやすいケースだろう。しかし、トコトンまで追求していけば、すべては一人の“私怨”が暴走した結果、世界を滅ぼす大惨事にもなりかねないという事は、肝に銘じておかないといけないだろう。

今回の選挙でも、公明党バッシング(てか、創価学会バッシング)がヒドい訳だが、その“根”はいつも同じだ。野党であれ与党であれ、学会批判をやらかす連中は、政治の場に私怨を持ち込んでる、まさに“おバカ丸出し”なイタいヤツである。だって、国民のためになる政治をやるのが政治家…特に代議士という“別称”を持つ衆議院議員の“本分”である。にも拘らず、選挙の結果に囚われ、“もしも落選したら…”という不安感から逃げたい一心で、思わず口を衝くのがコレである。
つまり、過去に公明党から候補が出馬して、それに負けた経験がある議員程、この“私怨”が強い。だから、政治とまったく関係無い宗教団体に対する“証人喚問”や“参考人招致”を、平気で議会の場でやろうとするのである。宗教を責め立てる事は、本来なら憲法違反である。ただ、“オウム事件”みたいな行為があった場合は、国家転覆罪(ようするに、テロやクーデターの疑い)に問われるから、それは“別件”として処理されるのがスジだ。逆を言えば、ただ単純に布教活動をやっているだけの宗教団体相手に、不当な言いがかりを国がやってはいけない訳であり、その“番人”として裁判所がある訳(いわゆる“三権分立”)である。
ぶっちゃけ、野党はその“私怨”に振り回されているモンだから支離滅裂になるのであって、マニュフェストなんて“どうでもいい”有権者を釣るエサである。しかも本来なら“庶民の味方”であるハズの、マスコミまで使っての壮大な“仕掛け釣り”なのだ。それを見破らない限り、日本は確実に、自滅の道を進むでしょう。