迷馬の隠れ家 はてな本館

旅好き・馬ぐるみゃー・オジアナヲタクな主婦の、雑多なコンテンツですw

だから、襟を正せと…(ry

朝青龍の件といい、“汚沢”問題といい、まったくもって、話になりませんな。基本的に、一番失礼な事をやっているのは、当事者はもちろんの事、それを報じるマスコミにも悪意を感じますな。(特にドコとは言わんが、某タブロイド紙の報道は…w)何が言いたいんでしょうかね…大事な事よりも、スキャンダルやゴシップばっか。コレじゃ、若者が既存のマスコミに不信感を抱くのも無理ないし、当然ながら、都合の悪い事を報じられると規制を掛ける政府に対しても、誰も期待しなくなる訳で。

このBlogでも再三書いているのだが、マスコミにしても、政治家にしても、もちろんアスリートもだが、批判されたくなかったら、まずは自分の“襟を正す”事から始めろ。つまり、ドコで誰が見てるかわからん世の中だし、どういう風に思われているかわからん訳だから、常日頃から批判されても言い返せる程の実績と信頼を勝ち得る事が重要。言い方を変えれば、ちょっとでも相手に不信感を与える様な言動を控え、全力でやるべき事を愚直なまでにやっていけってことだ。
わかりやすく言えば、庶民が政治家を“憎む”最大の理由が、仕事をしてないクセに大金を持ってる上に、国や国民にその富を還元していないと思われているからである。それを払拭しようモノならば、それこそ政治家自身が“清貧”である事を推奨するべきだろう。言い方を変えれば、指導者自身が自分の生活費をも抛って、公共事業や慈善活動をやっていれば、まず文句は言われない。まして、出身地や選挙区などに拘らず、やるべき事をやっているという部分を見せれば、誰でも納得する訳である。それでも、不信感を持つ“ヘソ曲がりw”はいる訳で、そういう人が“参りました”と頭を下げるまで、それを継続していく事が大事。天皇陛下が諸国…特にアジア各国に対して頭を下げるのは、いくら憲法上は“国の象徴”とはいえ“国主”であるという自覚と、“日本人の代表”としてやってるまでに過ぎん。それを気に喰わないとダダを捏ねる国や元首がいるとすれば、それこそ失礼千万である。
同じ様に、“自分の功績”として世界中から褒められても、決してそれを“独り占め”にする様なバカであってはいけない。どんな実績も、一人で成し遂げる事なんて、はっきり言って不可能である。だが、関係者全員を表彰するにしても、その“目的”が何なのか理解できない人までやる必要性もないし、だからといって、功績そのものを見せびらかす様な態度の者まで褒める事なんてない。だから、どんな栄誉ある称号も、受けられるのは選ばれた者だけだが、その裏で協力してくれた人々も報われる様に、受賞者自身は声を掛けるのが“礼儀”というもの。それがわかってる人は、どんなに他人から憎まれたり僻まれたとしても、その人に対してまでも頭を下げる事ができる。逆を言えば、そんな事ができない人程、バカにされた時に激怒し、場合によっては、勝手に他人を逆恨みする程、心がネジ曲がる。
大切なのは、どんなヤツにでも利点と欠点があって、それが個性である。そこんトコを勘違いして、自分の思い通りの世界観を他人に押し付けたり、自分自身のミスを他人に擦り付ける様な態度は、回り回って自分を不利にする。だから、どんな“ミス”でも、素直に謝罪すると同時に、責任を取る行動を速攻でやるべきである。しかも、“言い訳無用”である。それが“責任を負う”という事であり、その代償として、様々な特権を得ることができるのが、普通である。忘れてはいけないが、民主主義に“王様”はいらない。そして、為政者は民を忘れて私利私欲に走ってはいけない。それが、憲法や法律には記載されていない、人間社会での“根本のルール”である。