迷馬の隠れ家 はてな本館

旅好き・馬ぐるみゃー・オジアナヲタクな主婦の、雑多なコンテンツですw

選挙の“道具”として災難を利用するな!!

宮崎で発生した口蹄疫が、なかなか終息に向かわない…東国原知事は対応に追われている立場だからともかく、“国家の大事”なのに政府の対応が遅過ぎる。やはり、そこに見え隠れする“政権に与しない者は、滅んでしまえ”という考えがあるのかもしれないが、それって、ちょっとおかしくない?本気で“国民の為に”政治を行っているのなら、こういう時こそ陣頭指揮を執って、被災現場での家畜舎の消毒やワクチン摂取を行って、これ以上の感染拡大を防ぐ事が重要であり、むしろ、こういう対応の遅れが、ひいては国益を損ねる結果になりかねない。まして、選挙協力を約束できないのなら…という傲慢な態度は、後々自分自身の首を絞める事になる。

今でも覚えている事だが、阪神・淡路大震災の時も、一連の“オウム事件”でのテロの時でも、現場は民間レベルでの、あるいは地方自治単位で対応しようと必死だったのに対し、当の政府は、自衛隊による救援活動ひとつとっても、あまりにもお粗末な事しかできなかった。否、行動を起こすまでに、時間が掛かり過ぎた。その結果、被災地復興に時間が掛かった他、被災者自身の精神を傷付けたまま、いたずらに時が過ぎてしまった。今回の場合も、ぶっちゃけた話、九州や沖縄を、ハナっから外国(特に米・中)にでも売りトバすつもりで“放置”してる様に見えて仕方がない。(そんなに、御贔屓の某都道府県が大事かいなw)でも、そんな態度に対して、国民がどう応えたかは…ご存知の通りだと思う。
つまるところ、一流の著名人を政党の公認候補者として集めたり、できもしないトップセールスをやる事が、必ずしもこの夏の参院選に勝てる“秘策”ではない。むしろ、今、国内で起きている諸問題そのものを、それこそ関係する各省が一丸となって取り組む姿勢こそが、国民だけでなく、海外からも評価される仕事なのである。そういうトコを、国民は見ているのであり、未成年者…つまり“将来の有権者”は、吟味する基準にしているのである。権力の魔性に取り付かれ、保身の為に批判的な意見を述べた者に対して弾圧をするのなら、それはやがて、自分自身を喰い破る元凶となる。立正安国論の一文“如かず彼の万祈を修せんよりは此の一凶を禁ぜんには”とは、まさにこういう事である。(簡単に解説すると、“私怨や我欲に惑わされるな”という事。本来は、念仏批判の一文で、あれこれ惑わされて祈祷や願掛けをするよりも、その根本となる邪義をやめなさい…と説いている。)
候補者自身ののネームバリューだけで投票を行う事程、この国を滅亡に追い込むモノはない。まして、政党の“実践不可能”なマニュフェストを鵜呑みにする様では、成熟した民主主義国家とは言えない。真の意味で“賢い有権者”とは、マスコミの情報を安易に信用せず、まして他者の意見に流されない。候補者と志が同じなら、そこに託すと同時に、責任を負う覚悟を持つべきだ。それが、国政選挙での参政権の最低条件であり、それ故の“日本国籍”である事を肝に銘じてもらいたい。(そういう事を忘れてるから、外国人参政権などというトンチンカンなマニュフェストができる訳で…)