迷馬の隠れ家 はてな本館

旅好き・馬ぐるみゃー・オジアナヲタクな主婦の、雑多なコンテンツですw

火力に頼れば…w

一部のバカに、“火力で充分w”などと罵られたが、この記事を読んで、やっぱりきちんとした手順を践んで、原発再稼動を“決断”しなくては、日本全国が大停電を起こす事になる事は明白である。特に、夏場の電力供給が貧弱だと、放射線被曝で亡くなる前に、熱中症で亡くなる可能性があるというモノw ま、被曝が怖いからそっちを選ぶのもアリですけどね…

確かに、老朽化した原発廃炉しても良いが、同時進行で老朽化した火力発電所や、周辺の地盤の影響でひびが入ったりと、耐久性が怪しいダム式水力発電所も、ぶっちゃけ“更新時期”が近付いている事を知らない方が、よっぽど恐ろしい話だ。もちろん、今は風力や太陽光、更には家庭用のコージェネレーションシステム(俗に“エコウィル”とか“エネファーム”とかの類。詳しくはコレ参照)があるから、設置しているトコではどうにかなるだろうが、そうじゃないトコ…特に景観保全区域内では、そういうシステムを一切設置できないので、まさしく“死活問題”なのである。
それでも、県や国を…と言うバカは、自分達が観光で訪れて、その風景がいつまでも“そのまま”でいて欲しいと願う事が、却ってその地域の人々を“苦しめている”という事実に気付くべきだろう。そう、景観保全区域では、太陽光パネルはおろか、小型の風力発電機も、燃料電池やガスエンジン発電機すら、設置をするにあたって、地元自治体や各都道府県の知事に許可を受けなければならないという、建築・設置基準に関する厳しい制限がある。以前にも書いたが、つまり、いくらメガソーラーやバイオマス機関等の設置を誘致したくても、それに似合う土地があったとしても、“景観保全”の名の下においては、それは不可能だという事。逆を言えば、都会の再開発で、ビルの屋上や壁面等にそういったモノを設置できるモンが、わざわざ田舎を見てそっちでやれば…と言う事自体、田舎なりの“開発制限”がある事を知らない…という事も意味してる。
敢えて言っておくが、今の政府に原発再生可能エネルギーの話をしても、結局は実現するどころか“福島と夕張の悲劇”を増やすだけである。福島県の場合は言わずもがなだが、北海道の夕張市の場合は、国のエネルギー政策に振り回された挙げ句、炭坑閉山後の開発が上手くいかずに、財政破綻をしたのは記憶に新しいトコだろう。闇雲に原発再稼動を反対する人は、現在稼動している火力発電所が、実は原発以上に“危険”な状態である事に気付くべきだろう。保守点検をせずに動かし続ければ、いずれ故障するのは目に見えてるし、それでも原発よりは…と言う人は、この先に起こり得る“大停電”の責任は、自らが請け負う事になるという覚悟をしてもらいたい。当然だが、コレは、電気を作るのに、どれだけ自然環境を“破壊”したかを知らずに電気を使ってる、国民全員の“連帯責任”である。その覚悟すらない者が原発を、そして電力会社を敵視する事程、オイラからすればバカバカしい話である。橋下大阪市長も、最初はある意味闇雲に再稼動反対を表明してたが、よくよく考えた時に、電力不足の“原因”を、単純に関電の“努力不足”という事にするのはおかしいと言い始めている。つまり、何度も言ってるが、本気で原発を全廃したいなら、新規の火力発電所水力発電所の建設も視野に入れた上で論じなければいけない。もちろん、メガソーラーや洋上風力、地熱発電といった“最新鋭技術”も組み込むべきだろうが、既存の電力供給量を、しかも原発以外で賄うには、現状では既存の老朽化した火力発電所を使い続けるには、それ故のリスクは“仕方がない”という事に気付かなければならない。(まして、イランからの原油供給がストップしてる以上、原油価格が高騰するのは必至…)
去年、奈良県南部や和歌山県を襲った水害も、結局のトコは、林業衰退が原因で、地盤を整備できなくて招いた結果である…と、オイラは受け止めている。また、里山の“竹害”といわれる現象も、もとを質せばタケノコ採取と竹材利用が減った為に、必要以上に竹が里山に地下茎を伸ばして、その結果、他の草木が育たなくなった事が原因でもある。つまり、適性に竹林管理をしていれば、竹林が必要以上に広がる事も防げるだけでなく、雑木林の保水・浄水能力が向上する事はいうまでもない。コンクリートでダムや堤防を築くよりも、森林での適度な伐採や山の幸の採集は、結果として水と山肌の保全にも繋がる。それを今まで見下したのは、いうまでもなく、闇雲な“市民運動”を繰り返した連中である。自分の手を汚したくない人程、無責任にして無関心である。そして、いざ自分がその立場になった途端、犠牲を嫌って逃げるのである。