迷馬の隠れ家 はてな本館

旅好き・馬ぐるみゃー・オジアナヲタクな主婦の、雑多なコンテンツですw

結局は疑心暗鬼…

元CIA職員という人物がもたらした、アメリカの諜報行為。だけど、その情報、そのまま信じていいのでしょうか?オイラには単に、その職員を名乗る人自身が、世界規模の戦争が起きるトコを、リアルで体験してみたいという願望に振り回されていないかという感が否めない。そして、それを喜々として報じる諸外国のマスコミも、所詮は“人の不幸は密の味”という概念しかないのかと思う。もちろん、日本の政治もそうだが、何をどう信じていいのか“わからない”人が増えたから、話が拗れてる様に感じる。それって、いったい何が原因?

正直に言えば、ここまで世界中の人々が、隣人をも信じられなくなってきてると言わざる得ない。もっと言えば、グローバリズムの肝要は、双方向の信頼関係を構築する事であって、富裕層や大企業を妬む様な思想や、貧困層を見下した教育方針である以上、そして、物事の基準が金銭や学力のみで決まる様な状況では、やがてその軋轢が広がって、心まで歪んでくる事になる。そう、折角“アラブの春”と言われるデモで独裁政権を倒したエジプトで混乱が続くのも、韓国や中国の歴史認識に関する難癖も、結局は相手を思いやり、互いに助け合うという概念がすっぽ抜けた話であり、疑心暗鬼のままで相手を見下している以上、どんな政権が誕生しようと、そして、どんなに正しい歴史認識を示したとしても、混乱を来すだけで問題の解決には至らないどころか、ますます憎悪を深めるだけで、結果、その謝罪もできないまま消される事になる。そう、過去において中国の王朝が何代にも渡って栄枯盛衰の理を繰り返したのも、為政者と民が双方で疑心暗鬼に陥った事で起きている訳であり、長期政権下において一番重要なのは、その信頼関係をどう維持していくかであり、その為の教育や公共事業でなくては、結果として政と民が乖離する事になる。
宗教を愚弄する人の殆どは、聖職者と呼ばれる人自身の悪業三昧を批判する人はいない。むしろ、その宗教団体そのものを批判して、個人を見ない傾向にある。つまり、ごく一部の信徒の粗相を見た者が、それを所属する宗教団体の“基準”にするモンだから、誤解が生まれる訳であり、本物の宗教のあり方を問うた場合、聖職者という“肩書き”をどう見るかで判断基準は変わる。言い方を変えれば、末端の信徒の粗相に対して、トップが平身低頭してる姿を通じて、該当する信徒がどう応じるかで、その教義の価値が見えてくる訳であり、また、組織の幹部がその責任を、部下に擦り付ける様な態度は、いくら指導熱心で弘教の上手い者であったとしても、その時点で“指導者失格”である。当然、部下である…組織の一員である以上は、自らの行動に対して責任を負うのは当たり前でも、自分を庇った上司や諸先輩に対して、それ相応の恩義を見せてこそ。つまり、師弟不二の根幹は、常に“相手を想うこと”に集約される。師匠を思うからこそ、その教えをもって世間に実証を示すのが弟子の“仕事”であるなら、弟子を思い、厳しい指導を行う一方で、失敗をした場合はその責任をすべて引き受けるのも師匠の“仕事”である。
落語でも、面白い噺や人情モノを、単に話すだけなら誰でもできるが、それを笑いに変えるには、高座の前にいる観客の心情との駆け引きが重要になる。師匠と同じ噺をしても、観客が笑わなかったら失敗であり、逆に師匠が演じても面白くなかった噺を、着眼点を変える事で笑いに結びつけられる様になれば、それはその弟子の“持ちネタ”に化ける。そこで自惚れる様な者であれば、当然ながら師匠に叱られる事になるが、問題は、その叱り方。誹謗中傷を交えたブラックな創作ネタならともかく、古典落語の場合、人情モノや恋愛モノもあって、そこの情景を踏まえた上での芸であるなら、それは世代を見ながら演じている以上、師匠の固定概念を押し付ける様な指導であれば、失敗して当然であり、その固定概念を破った上で、更なる芸の幅を広げたのであれば、それこそ指導が実を結んだ結果と言える訳である。そこんトコを踏まえず、単に気に喰わない、自分よりも上手い事を僻んで叱る様な者であれば、それは既に師匠ではなく、単なる“商売敵”である。つまり、共に精進するからこその師弟関係であって、そこんトコを忘れて、弟子を単に自分の奴隷や財布代わりとしてしか扱わない様な者が、師匠を名乗るのは噴飯モノである。
そう、相手が裏切ったのであるなら、盛大に抗議していいという訳ではない。そこに至るまでに、自分がどれだけ相手に対して粗相をやったかを考え、そしてそれに対する代償を、どう払うべきかを考えるべきであり、自分がやった行為が因で、大混乱を引き起こしたなら、その幕引きも自らが行うべきであろう。その際に、国が、あるいは所属組織がどう動くかによって、事態は変わる…アメリカがやるべき態度如何では、中国以上に世界から嫌われる事になりかねないし、マスコミもまた、興味本位だけで実体の無い情報を拡散するのは、Twitterユーザー以上に愚かな行為でしかない。その責任を払うのは、当事者以外できないのだから。