迷馬の隠れ家 はてな本館

旅好き・馬ぐるみゃー・オジアナヲタクな主婦の、雑多なコンテンツですw

自衛隊嫌いが利用すな!!

そんなに安保法制が嫌なら、はっきり言い切るで…今すぐ死ね!! 日本国民である必要もなければ、その存在価値、自衛隊が守るべき対象でもないわ。それこそ、税金の無駄だね。
さて…ちょっとTwitterで、元・自衛官の娘さんと称する方の書き込みがあったんだが、激しく同意だね。そもそも、自衛官に限らず、警察官や消防士、海上保安官も、民衆を災難から救い、守るために存在し、そしてそのために犠牲になることを、職業として“志願”した人達であり、それを理解した上で、家族も覚悟を決めて、毎日送り出している。殉職しないに越したことはないが、万が一、そうなったとしても、その命一つで民衆を守れたことに対し、誇りを持って受け入れることができる人達だけが、本物の“防人(さきもり)”と言っていいだろう。“防人”ってのは、古代日本史における徴兵制の原型であり、成年男子に2年以上の兵役を課すことで、その期間中の家族に対して、年貢の減免などを施した(=年貢の代わりに兵役に出す)制度だったことは、あまり語られない部分である。(まぁ…教科書に載っている古事記とかには、防人に出される夫を心配する妻の句ぐらいしか紹介されないからなぁw)つまり、徴兵制度自体は、実は古代文明時から存在し、しかも、ほとんどの場合は年貢との兼ね合いから、ある意味“人質”として兵役に出すのが基本でした。これは何も日本に限らず、多くの国々で、国の防衛と庶民に対して職業の提供を行うことを前提に採用された制度であり、そもそも、侵略先の人々に対して、奴隷として扱う代わりに兵役は免除される(=国民以外は兵士になれない)のが殆どです。つまり、“自分のことは、自分でやる”という社会であったからこそ、戦争で兵士が死ぬことはあっても、国土そのものを荒らす行為は、皆無に近かったのは言うまでもありません。だって、食糧供給がなければ、どんなに兵士の動員数が多勢であっても、すぐに体力を消耗するのは目に見えてますからw だからこそ、なるだけ田園地帯での戦闘を避け、当時の土木技術では開墾が不可能だった地域での戦闘が多かったのです。
しかし、今の戦争はどうでしょう?相手を叩き潰すためなら、そこが田園地帯(=食糧供給元)であろうが、漁場だろうが、人口が密集する都市部であっても御構い無しで、核や化学兵器を用いる傾向にあります。なおかつ、遠隔操作による爆撃で、兵士が戦場で死ぬリスクは減った代わりに、戦闘とは全く関係ない子供達や女性、たまたま観光や仕事で現地にいた外国人が被害に遭ってます…むしろ、こっちの方が問題です。言い方を変えれば、昨日の記事でも書きましたが、兵士の命を守れても、民の命を守れなかったら意味がないのは、いうまでもない話なのです。
しかし…既存メディアはとにかく情報操作を行って、今回の安保法案を政府に破棄させようと詰め寄ってます。騙されてはいけません。なぜなら、彼らこそ、“報道の自由”を盾に、政府に対して圧力をかけて国家が混乱することを願っているからです。マスメディアがそういう権限、いつから持ったのでしょうかね?ちなみにアメリカでは、言論の自由があると言っても、国民に対して感情的に煽る内容の報道を行った場合、すぐさま制裁が入る仕組みがあります。(それゆえに、様々な意見を吟味する、メディアリテラシーの概念が根付いてる訳で…)日本人の場合、どうしても情報弱者になりやすい環境にあるのは、多くの社会人が“社畜”になる性質と同じで、一つの事柄に没頭すると、周囲が見えなくなる傾向があるからです。ある意味、職人気質であるがため…とも言えますが、それゆえに、メディアの垂れ流す情報に惑わされやすい部分もあると言って過言じゃありません。
なんども言いますが、ぶっちゃけ、自分の掲げた概念に固執するあまりに、世界の全体像が見えないから、自分が今あるのは、“誰の犠牲”の上に成り立っているのか、その繋がり(関わり合い)すらわからないのです。公営競技を批判する人ほど、その収益で生活インフラ整備の助成ができることを知らないし、自衛官が日々訓練してるのは、単に軍事行動としてだけでなく、災害時の救援も含めた有事に備えての事ですし、同じ事は警官や消防士などの日々の訓練も同じです。我々が納める税金も、本来であれば全て、生活最低限度のインフラ整備に使うのがスジであり、その一環として、利水・治水のダム工事や、高速道路及び鉄道路線の整備、上下水道の普及などに用いられて当然であり、それで足りない分を、利用料という名目で徴収してるのです。それを無料にしろとか言い始めたら、それこそ“自給自足・自産自消”できる人以外、生き残れませんわw