迷馬の隠れ家 はてな本館

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会長≠先生な話

学会員にとって“先生”とは、頭に何も付けずに言ってる時は池田大作名誉会長を意味し、“奥様”ってのはその婦人の華峯子さんを指す。だが、よくある間違いとして、学会の長である“会長”がイコール“先生”という認識をされる事がある。念のために言っておくが、学会の規定では、会長が全権を握ってるとはいえ、実質的には三代の会長以外の会長職の人間が“先生”と呼ばれる事はない。つまり、牧口・戸田・池田の3人だけが“先生”という名称を使って賞賛する事ができる存在であって、それ以外は普通に“会長”だけなのである。

言い方を変えると、三代の会長は事実上“教育者”という肩書きも存在し、それ故に御書研鑽や哲学の講義等を、会合の合間に行ってきた。それを受け継いで指導をやってるのなら話は別だが、基本的には“会長”はあくまで三代の会長の“代行”という意義で存在してる様なモンであり、学会本部に来る賓客の殆どは、池田“先生”と対話がしたくて遠路はるばる訪ねる訳である。したがって、会長が来賓と一緒に対話をする事は殆どなく、来賓もまた、池田先生と奥様以外の幹部に関しては、ほぼ“OUT of 眼中”な状態なのである。
つまり、“先生”と尊敬される程の活躍をしていない…というより、“そこまでエラくない”という謙虚な姿勢が会長に求められてる部分でもあり、まかりなくても“最高責任者”として学会という組織を守る為に存在してるのが“会長”のポストであり、肩書き云々ではなく“生き様”を示す存在だから“先生”となる訳である。故に、四代目以降の会長が後に“先生”と呼ばれた試しはない。
てのも、四代目の北条会長は、宗門とのトラブルで奔走したあげくに病死した人であり、五代目の秋谷会長も年齢的な事や体調面から辞職したまでである。で、その後を受けたのが現在の原田稔会長なのである。(で、そのトラブルの一つがコレなのはいうまでもないが…)
だから、今後よっぽどの事がない限り、三代の会長以外が“先生”と賞される事はないだろうし、規約でもある様に、それ以外の会長が自らを“先生”などと騙る様なマネをしてはいけない事になっている。あくまで布教活動において、苦労してるのは会長以下幹部役員ではなく、現場の末端会員であるからだ。だから、その会員達が納得しない限り、“会長≠先生”という図式になるのである。